髪を7ヶ月切っていない。

時間がない事はなかったが精神的な余裕がなく、何となく躊躇しているうちに7ヶ月。

いかにもこれから樹海に行きます的ヘアスタイルだ。

樹海には行かず、行きつけの美容室に行った。

行きつけというか、他で新たな床屋を開拓するのは面倒なので、一度思い切って入店した所へかれこれ5~6年通っている。

その間、髪を切ってもらっていた一人の美容師。

パッと見は、ヘラヘラ〜っとしたいい加減そうな兄ちゃんで、どこにでもいる今どきの20代後半。

が、最初からバッチリ希望通りの頭にしてくれたので、腕は確かなのだろうと思う。

「今日はどうなさいますか?」

「前と同じで…」

なんせ7ヶ月ぶりだ。

憶えていませんと言われても文句は言えないが、ちゃんと憶えていた。

ヘラヘラしていてもさすがプロだ。

1ヶ月…いや、最低3ヶ月に一度は来て下さい!と毎回言われつつ、数ヶ月後に樹海スタイルで赴くといつも苦笑いをされた。

ところで、美容師さんってそれがサービスの一環と思ってるんでしょうがやたら質問を投げ掛けてきますよね。

それに対しまるで友達のようにフランクに、ため口で答えるお客さんもよくいますよね。

どうなっているのでしょう?見かける度に不思議な生き物達だなぁと思う。

例に漏れず、樹海スタイルの私に対しても何らかの話題をやんわりと持ちかけてくるのだが、そう簡単に個人情報を漏らしてたまるかと朗らかに拒絶することにしている。

「一條さん、最近お仕事忙しかったんですか?長いこと来てなかったんで」

「まぁそんな感じですねー」

「一條さん、最近どんな音楽聴いてますか?ボク○○とか△△とか聴いてるんですよー。」

「昔の洋楽とか、最近のとか…まぁ色々ですねー」

「昔のというとどの辺り?」

「70年代辺りとか…最近のも色々」

「ジャンルは?」

「んー…何でも聴きますよ」

「一條さん、自分のこと何も話してくれませんよね」

「あははははははは」

私の職業が漫画関係である事はうっかり口が滑ってバレていたが、何の雑誌に載っているのか、ペンネームは、などと誘導尋問をされつつも、たいしたモノは書いちゃいないので、いつもはぐらかしていた。

しばらくすると気を遣ってくれているのか面倒になったのか、その類いの質問はしてこなくなっていた。

不意に、「そういえば、葉書届きましたか?」と尋ねられる。

「え…すんません…記憶に無いです…お店の案内ですか?」

「実は、来月いっぱいで退社するんですよ…実家の床屋継ぐんで、田舎に帰るんです」

東京で美容師をやっていたのは、元々家業を継ぐ為だったらしい。父親が最近亡くなって、母親が切り盛りしているが、そろそろ自分がやらないと、と。

へらへらしたあんちゃんだと思っていたけど、なんて親孝行な。

堰を切ったように、家庭の事、言っちゃいけない凄いお客の事(そして変な客リストの中に自分がしっかり入っている事…)、色々話を聞く。

これまで意識的に余計な事は話しませんオーラを出していた自分だが、意外性に富んだジャブの連発が効いて、不覚にも普通に喋ってしまう。

なんというか…

当たり前の事だけど、みんな家族があって、大事なものがあって、生き甲斐があって。

その為に努力して、力をつけて、自信をつけて。

地に足がつかずフラフラしているのは自分の方だ。

「実家の床屋継ぐ事になったら、漫画をいっぱい置きたいんですよ。 一條さんの漫画、いつか知ることがあったら絶対置きます。」

いやいや…置いたら色々苦情などがあると思うので……。

「胸を張って置いてもらえるモノが出来たら、送りますから」

はぐらかしたわけじゃなく、ほんと、そうしようと思った。

来月いっぱいかぁ…じゃあ今度こそ1ヶ月以内にもう1回切りに来ますよ。と言うと、

「そんな珍しい事があったら30%オフにしますよ!」

と言われた。

10%でも50%でもなく、30%。

きっと家業は上手くいくだろうなぁと思った。

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……という日記を書いたのが、2005年8月17日。

もうすぐ7ヶ月目になるが、結局また樹海がよく似合う髪形に戻ってしまった。

新たに床屋を開拓するか、樹海へ行くか…

その答えはまだ……見つかっていない……

…いや、どうでもいいから早く切れ。うっとうしい。

[初稿・2005.08.17/改稿・2006.03.11]